~「普通の幸せ」が消えた世界で、タラレバはもう言わない 私たちがもう一度「我夢者羅」(ガムシャラ)に生きる理由~
昭和に生まれ、ただがむしゃらに働き、必死で会社に貢献してきた。 それなのに、気づけば「終身雇用」なんてどこ吹く風。まさか、こんな時代が来るなんて、あの頃のワタシは想像すらしていなかった。
「普通に就職して、ケッコンして、出産。育児をしながらパートでもして、気楽に……」
かつてそんな、今思えば薄っぺらい希望を抱いていた時代もあったなぁ、と振り返る。 もしあの時代に戻れるなら、一体何を準備しておけばよかったのだろう。
過ごしてきた価値観はガラリと変わり、目まぐるしい効率化の波に飲まれそうになりながらも、ワタシなりにその時々のベストを尽くしてきたつもり。だからこそ、今さら「タラレバ」を言うのはよそう。
人生の平均点をどうにか維持しながら、良くも悪くも、人生の「半日」を生き得た。 まずは、これまでの人生と、ここまで歩んでこられたことに、心からの感謝を。
――でもね。ワタシはまだ、未来は可能性に満ち溢れていると、自分勝手に信じているのです。
オトナになったけれど、オンナとしての清らかさはまだ失っていないつもりだし、他人の幸せを祈る心も、セカイ平和さえも、ワタシはまだちゃんとマジメに祈っている。
「この歳になって、バカらしくて白々しい」って思われるかもしれない。キレイ事だって笑われるかもしれない。
だけど、酸いも甘いも噛み分けて、人生の半分をサバイブしてきた今だからこそ、もう一度。 誰のためでもないワタシ自身の人生を、ここから「我夢者羅(がむしゃら)」に、全力で生き抜いていきたい。